喫茶と私

 「了解。どこかで待ち合わせをしようか。」
 「なら今気になっている喫茶店で。」
 「いいよ。なんてとこ?」
 「自家焙煎珈琲ファヴォニウス。」
 それが僕とこの喫茶店との出会いだった。
 忘れもしない、七月二十七日。僕はO市K区にあるこの喫茶店で友人と待ち合わせをしていた。大通りの一つ手前の通りにぽつんと、緑の幕に焦げ茶色の木の色合いがどこか落ち着きを感じさせる店構えだった。
ドアを開けると、心地の良いベルが鳴り響く。
 「いらっしゃいませ。」
 マスターの穏やかな声を受け、一番奥の二人掛けのテーブル席へと向かった。自称コーヒー通である私は少し批評するような心持でメニューを眺めた。もっとも、初めてのお店で頼むものは決まっている。ブレンド一択だ。ブレンドはいわばそのお店の顔、店主が自信をもって美味しいと言えるコーヒーなのだ。
 「どれどれ、え、ブレンドが四種類も!?」
 どうやら東西南北四種類のブレンドがあるそうで、北、東、西、南と上から順に深煎りで重いコーヒーらしい。深煎り嗜好の私は迷わず、
 「北風を、ブラックで。」
 「かなり苦いですが、よろしいですか。」
 「はい、大丈夫です。」
 注文を終え文庫本を開いて数分、お出ましである。
 飲む前から私は魅了され、感じていた。シンプルな装飾だが重厚感のあるカップ&ソーサーのせいだろうか。中に注がれた真っ黒な液体のせいだろうか。私に語り掛けていた、他のものとは違うと。少し緊張気味の手で持ち、一口啜る。
 「これだ…」
 口内は香気で満たされ、濃厚で複雑な味が舌に広がる。そしてキリっとした苦みとともに、高揚感があふれてくる。
 「なんだ、このコーヒーは。」
 間違いなくこれまでもこれからも一番のコーヒーだと言えるような、私の中での正解をたたき出していた。深煎りはじっくり楽しむものと決めていた私の心は一先ずしまっておこう。ものの数分で飲み終えると同時に、友人が来た。
 「やばいよ。過去一出ちゃった。本当においしい。」
 「本当に?お前すぐ過去一っていうじゃん。」
 「本当だよ。人生かけたっていい。」
 なんてやり取りをしていると、マスターが友人の注文を聞きに来た。
 「じゃあ、今月のセレクト、イパネマで。」
 と友人が。
 「あのっ、おかわりください!」
 なんて言葉が気づけば口から出ていた。
そんなこんなで二杯目の北風。やっぱり美味しい、本当に。
 「確かにうまいかも、ここのコーヒー。」
 友人もイパネマを一口、そう言った。」

少し談笑した後、冷房ですっかり冷えた体で立ち上がり、予定へと向かう。
 「ごちそうさまでした。本当に美味しかったです。また来ます。」
 「ありがとうございました。」
 最後までクールなマスターだったが、入店時よりどこか弾むような声でそう言った。
 またすぐ来ます。店を背に私は誓ったのだった。